平成27年9月8日公式ウェブサイト開設!

 近代日本美術史の上で最も著名な洋画家の一人である青木繁(1882~1911)は、久留米市荘島町に生まれ、1899年に久留米中学明善校を中退、画家を志して上京しました。
 
 「丹青(絵画)によって男子たらん」とする大いなる志を持って芸術の世界に生き、重要文化財「海の幸」「わだつみのいろこの宮」などの鮮烈な作品を残して、28歳の若さで世を去りました。
短いその画業は明治浪漫主義絵画の頂点に位置します。
 

青木繁の生涯

〈第一期〉誕生~17歳
 明治15年(1882年)7月13日久留米市荘島町431番地に生まれ、
 明治32年(1899年)中学明善校を中退し、「われは丹青によって男子たらん」との青雲の志を持って上京する。
 
〈第二期〉17歳~25歳
 東京美術学校に入学、卒業し、福田たねを含むさまざまな人達との出会い。
 主な代表作の制作。
 子供幸彦の誕生など彼の人生でもっとも大きな変化と輝きがあった。
 
〈第三期〉25歳~28歳
 父親危篤の知らせで久留米に戻り、家族の扶養、父の負債処理、栃木県芳賀町に残してきた福田たね、実子幸彦のことなど思い悩める日々の中「怨恨」と「憤懣」と「呪詛」の気持ちを抱きながら放浪、流浪の果てに28歳と8ヵ月の短い人生を終える。